【小説】1話 飛ばされてパルデア
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空に、海に、森に、街に、その不思議な生物は世界中の至る所に住んでいる。
人はポケモンと共に暮らし、笑い、時には喧嘩して、その後仲直りもして……
―――時に、共に戦うこともある。
バトルコートをコジョンドが駆け回る。柱すらも利用することで、文字通り縦横無尽となる。なるほど、こうやってスピードで撹乱する戦法か。
これほどまでに速いと、人間の動体視力じゃ追えない。それはポケモンも同じで、ボクのエースバーンは、コジョンドの残像を目で追い続けていた。
「大丈夫。上に跳んで」
「すぐに追うんだ!」
コジョンドに翻弄されかけていたエースバーンだったが、ボクを信じてすぐに動いてくれた。柱を駆け上がり、高く跳び上がる。
助走をつけて跳んだエースバーンと、慌てて追いかけたコジョンド。より高く跳べるのは前者。コジョンドは
「真下だよ。とびひざげり!!」
折り曲げた膝が、コジョンドの顔面に突き刺さった。まるで車同士がぶつかった時のような、えげつない衝突音が炸裂し、コジョンドは床に叩き付けられる。
落下した勢いも相まって威力絶大。耐えるはずもなく、コジョンドは大の字で目を回していた。
「コジョンド先頭不能。エースバーンの勝利!」
「っし。頑張ったね、エースバーン」
レフェリーのジャッジを合図に、ボクとエースバーンはハイタッチ。戦ってくれた労を称えながら、彼をモンスターボールに戻す。
「お疲れ様です、リンドウさん!」
すると、先ほどの対戦相手がボクに声をかけてきた。彼は、ここの門下生だ。
ガラル地方、ヨロイ島、マスター道場。日々、ポケモンと己の|研鑽《けんさん》に励む修行の場だ。先のバトルもその一環だった。
最も、ボクは門下生ではなく指導者である。
「お疲れ様。いいバトルだったよ」
「いえ!あれだけ撹乱したのに、あっさり返されるとは……」
「柱のおかげで上手く回避できただけだよ。外だったらもっと活きるんじゃないかな」
障害物のない外だったら、こうはいかなかっただろう。同じ対抗策は通用しないだろうし、次やるときは手強そうだ。
「そうは言いつつ、いつも勝てませんから。さすが、リンドウさんはお強い!3年前のトーナメント覇者は伊達じゃないっす!」
「……それほどでも」
その言葉に、少し返事が行き詰まった。
「じゃ、午前の部は終わりだから。ボクはこれで」
背後から聞こえる『お疲れ様でした!』という元気な声をよそに、ボクはその場を離れる。
目を背けていた、胸に渦巻くモヤモヤとした感情。それが嫌で、拳をグッと握りしめた。
こんなものは汗と一緒に流そう。部屋に戻ろうとすると、リビングの方のテレビが目に入った。いつもはテレビゲームの画面しか映らないのに、今日は珍しくお昼のニュースが流れている。
『無敵のチャンピオンダンデ!〇年連続のチャンピオン防衛に成功!』
デカデカと表示されているテロップには、つい先日のチャンピオンカップの結果が書かれていた。
ガラル地方のチャンピオン、人呼んで『無敵のダンデ』。彼が、またもや王座を守り抜いたのだ。
「およ、リンドウちん。お疲れ〜」
テレビの前に座っていた人物が振り返り、ボクのことを妙な呼び方で呼ぶ。
彼こそが、この道場の主にして師範のマスタードさん。ボクの師でもある人物だ。
「お疲れ様です。珍しいですね、テレビなんて」
「ダンデちんはここの門下生だったからね〜。教え子の試合は今でも見てるよん」
そう言うと、マスタードさんはテレビのチャンネルを変えてゲームの画面に切り替える。ダンデさんの試合映像も終わったタイミングだった。
「リンドウちんも、あと1年頑張ればダンデちんを倒せたかもしれないね〜」
「そんな。持ち上げすぎですよ」
コントローラーを操作しながら、マスタードさんはそんなことを言う。
3年前。ボクも参加したジムチャレンジは、ここ数年で一番の盛り上がりを見せた。
ジムリーダーの妹、リーグ委員長の推薦者。そしてチャンピオンダンデの弟。肩書きに名前負けしない、確かな実力を持った若者が多かったからだ。
今や黄金世代と呼ばれるそんな同期の中で、頂点に立ったのがボクだった。ファイナルトーナメントを制し、ダンデさんへの挑戦権を得て――そこで敗北した。
接戦だった。そう称えてくれた人は多かったし、メディアもファンも盛り上げてくれた。労いや励ましの言葉も多かった。でも、それだけ。
そういった声はいつか薄れる。結局そのバトルを経て、ボクに残ったものは何もなかった。
同期たちはジムリーダーになったり、ポケモン博士を志したりと、ジムチャレンジを経て大きく変化、成長しているのに……。
「もうジムチャレンジはしないのん?」
「ブランクありますし。それに、門下生の稽古見てるのもけっこう楽しいですから。逆に、この道場からダンデさんを倒すようなトレーナーを出してみたいものですね」
「……そっかあ」
道場での生活に不満はない。ただ同期と比較すると、自分が何もないように感じるだけで。
「じゃ、午後もあるんでボクはこれで」
「あ、ちょっと。リンドウちん、いい?」
今度こそ着替えようと自室に戻ろうとするボクを、マスタードさんは呼び止める。
「はい、これあーげる」
「……紙切れ?」
説明もなしに一枚の紙を手渡される。なんだこれ、チケットみたいな……。
「なんですか、これ」
「大事に持っててねーん」
ボクの質問は無視。そしてニコニコとした表情で、次の瞬間とんでもないことを言い放った。
「リンドウちん、しばらく道場クビね〜」
「………………え?」
「あ、手持ちのポケモンは護身用の1匹以外は置いていってね〜」
「は???」
◇ ◇ ◇
師からの唐突なクビ宣言。
渡された航空チケット片手に道場を追い出されたボクは今……
パルデア地方にいます。いや、なんで?
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【次話】