MENU

【小説】11話 セルクルのあま〜い誘惑

【前話】

10話 ヒスイ人の知恵

 

 セルクルタウン。
 テーブルシティからさほど離れていない、のどかな街だ。オリーブの名産地であること、有名なパティスリー『ムクロジ』があることで、小さいながらも活気で溢れている。

 

「む、やはり若い女性が多いな……。ワガハイは浮いてないだろうか?」
「大丈夫ですよ、サワロ先生。あくまで、表向きはボク付き添いですから。どんと構えましょ」
「うむ……そうだな。今さらながら付き合わせてしまってすまない、リンドウ先生」
「いえ、ボクもここに用がありましたから。甘いもの大好きですし」

 

 そんなムクロジのテラス席に男二人という組み合わせは、周囲と比べて少しだけ浮いていた。
 大の甘党であるサワロ先生がムクロジのお菓子を食べたかったらしく、どうしてもと頼まれた結果、ボクが付き添いでムクロジまで来た……。と、経緯としてはこんなところだ。別の用事があったから、都合良かったしね。

 

 ガタイのいいサワロ先生は、生徒から『シブい』とか『ダンディー』という評判。その実、辛いものが苦手だったり、逆に甘党だったりとイメージとは真逆なようで。
 その印象を崩さないように頑張る辺り、サワロ先生も流石だなぁ。

 

「ではいただくとしよう。おぉっ、これは――」
「ん〜、あま〜い!」

 

 行列ができるだけのことはあるや。甘いけどしつこくなくて、いくらでも食べられそう。
 ガラルだとバトルカフェくらいで、ご当地スイーツとかないもんね。パルデア万歳。

 

「みんなも美味しい?」

 

 ボクの言葉に、全員が元気よく答える。このケーキ、ポケモンも食べられるように味を調節してるようで、ボクの手持ちにも好評だった。

 

 マリルは既にたいらげ腹を向けて寝てるし、カルボウは思いっきり頬張り、ニャオハは口の周りにクリームをべっとり付けて。
 ……お行儀あんまり良くないね君たち。まだ幼いし、仕方ないか。

 

 エーフィだけは流石というか、お上品に小さな口でつまんでいる。
 けど、ボクの膝から下りてくれないかな。いいレディーなのに、ずーっとボクが食べさせてるんだけど。これじゃあ、お嬢様だ。

 

「仕事を忘れて、こういうのもいいものですね」
「うむ。ワガハイもこの休暇を取るために、ここ数日は残業続きで頑張ったからな。疲れた体に染み渡るようだ」
「筋金入りですね……」

 

 本当に甘いものが好きなんだなぁ、この人。
 しかし、サワロ先生が夢中になるのもわかる気がする。だって、本当に美味しいんだもの。

 

「あーっ!サワロ先生とリンドウ先生だー!」
「んぐふっ!?」
「店内では静かにねアオイ……って、何その量」

 

 ケーキに夢中になっていると、元気の良い声でアオイが駆け寄って来た。
 彼女もここのケーキを食べに来たようで、お盆の上にケーキがいち、に、さん……いや、多い多い多い。何個食べるつもりなの?

 

「ここのケーキ、美味しいって生徒の間でも評判なんですよ」
「そうだね、それは知ってる」
「だから、コンプリートしたいなと!」
「そうはならないよ普通」

 

 恐るべき女子の胃袋。
 ネモに負けず劣らずこの子も規格外だよ。

 

「にしても、珍しい組み合わせですね。サワロ先生も甘いもの好きなんですか?」
「えっ!?いや、そのだな……ううむ……」
「ボクが頼んだんだよ。ほら、サワロ先生は家庭科専門だし、こういうのに詳しいかなと思って」

 

 すかさずフォロー。目線で、サワロ先生が『感謝する』と言っているように感じた。

 

「なるほど〜!リンドウ先生、甘いもの好きそうですもんね!」
「ははは……。まぁね」
「私もご一緒していいですか?」
「どうぞ」

 

 上手く誤魔化せた。

 

 とはいえ、『甘いもの好きそう』という印象はどこから来たのか少々気になるけど……。
 アオイの純度100%の笑顔を見ると、悪気があって言っているようではなさそう。いや気にしすぎだな、うん。

 

「アオイさんはジムに挑戦しないのかね?」
「あ、もちろんその目的もありますよ!でも、ジム戦まで少し時間があるみたいで。私の前に1人予約者がいるんです」

 

 ジムは予約制だ。挑戦権を得るためのジムチャレンジをクリアし、そのうえで予約をとる。どうやら、彼女は既にクリアしたらしい。
 セルクルジムのジムリーダーはここの店長。このテラス席からも見える広場が、バトルフィールドになっている。

 

「それで時間潰してるんだ」
「はいっ。それで、せっかくだしケーキをと……」
「ははは。腹ごしらえは重要だからな。ワガハイからしたら、多すぎないか不安だが……」
「大丈夫です!こう見えて吸収は早いので!」

 

 ジム戦前にお腹壊すとかやめてね?
 美味しそうにケーキを頬張るアオイ。彼女のお皿からは、もう既に半分ほどのケーキが消えていた。若いって怖い。

 

「アオイさんは、この課外授業を通して、どんなトレーナーになるのかね?」
「えっ?」

 

 サワロ先生のいきなりな質問に、アオイの手が止まる。

 

「なに、難しく考えなくていい。ただ、興味本位で聞いてみただけだ」
「うーん……。リンドウ先生にも同じこと聞かれたけど……やっぱり分からないです。ジムに挑んで、強くなりたいってのはあるんですけど……」

 

 強くなりたい。
 ボクの問いに対しても、アオイはそう答えた。

 

「どうして強くなりたいって思うの?」
「え!?えーと、強くなったら、ネモともっと楽しいバトルができるなーとか……」
「……そっか」

 

 まだ決まってないみたいだが、今はそれでいいのかもしれない。いつか転んだ時に彼女を支えてあげるのが、ボクたち先生の務めだから。
 なんだか、質問責めみたいで申し訳ない。

 

「ならば、この後のジム戦はなんとしても勝たなきゃいけないな」
「サワロ先生、それプレッシャーですよぉ〜」

 

 アオイは、これがジム初挑戦らしい。物怖じしなさそうだけど、意外と緊張するんだな。

 

「戦法も手持ちも固まってないんですよねー。ネモは『大丈夫!』って言ってくれたけど……」
「不安?」
「すこーしだけ」

 

 初めてのジム戦。ターフジムを思い出す。大観衆の前で、頭真っ白になりながらも戦ったっけ。
 通常の野良バトルでは味わえない緊張感がそこにある。それは、新米トレーナーには結構な重荷かもしれないね。

 

 なら、それを和らげるのが今のボクの役目か。
 ボクはこの子の先生でもあり、トレーナーとして3年先輩でもある。

 

『リンドウさん、そろそろお時間ですが……』
「分かりました。すぐコートに向かいます」
「えっ、えっ!?」

 

 スマホロトムから流れるのは、ジムの受付の声。どうやら、時間が来たみたいだ。

 

「ワガハイも久々にジム戦を見るからな。楽しみにしているよ、リンドウ先生」
「えっ、私の前の人ってもしかして……」

 

 ボクが立ち上がると、ポケモンたちがみんな気合いの入った表情で立ち上がる。そうだよね、ワクワクするよね。ボクもなんだ。なんせ、3年ぶりなんだから。

 

「まあ見ててよ。先輩として、ジム戦の戦い方ってヤツを見せてあげるから」

 

 呆けるアオイを後に、ボクはバトルコートへと向かった。

 

 

 

 

 

 バトルフィールドは、先ほども言ったがテラス席からも見える場所。ムクロジの屋上に用意されている。ケーキを楽しみながら、バトルを見れるってわけだ。
 そこには、ビビヨンを連れたエプロン姿の女性が待っていた。彼女がここのジムリーダーカエデ、通称『お菓子の虫』。

 

「あら、あら〜。先ほどケーキを買ってくれたお客さん〜」
「どうも。とても美味しかったですよ」
「それは嬉しいわ〜。改めて、パティスリー『ムクロジ』店長のカエデです〜」

 

 ふわふわとした口調で話すカエデさん。掴めなさそうな人だ。

 

「今はジムリーダー、じゃないんですか?」
「ああっ、そうでした〜。いけない、ジムリーダーのカエデです〜」

 

 調子狂うなぁ。

 

「リンドウさんのことは、オモダカ委員長から聞いてます〜。大層腕がたつらしいですね〜」
「過大評価ですよ」
「手加減なしで良いとのことですので、私も楽しみにしてました〜。だから、ちょっぴり強い子たちでお相手しますね〜」

 

 余計なこと言ったなぁ、あの人。
 どうしよう。アオイにあんなカッコつけたこと言ったのに、負けたらシャレにならないよ。

 

「小さいけれど、大きな力を持つむしポケモン。足をすくわれないように、ふんばってくださいね〜」
「どうかお手柔らかにお願いしますよ……」

 

 挨拶もそこそこに終え、トレーナーの配置につく。観客席からの歓声が大きくなり、いっそう会場のボルテージも上がった。
 スタジアムほどの観客じゃないけど、やはり見られているというのは緊張する。でも、ジム戦はこうじゃなくっちゃね!


ジムリーダーの カエデが
勝負を しかけてきた!


「おいでなさいな、タマンチュラ〜」
「頼んだよ、ニャオハ!」

 

 さぁ、ボクのパルデアジム戦スタートだ。


 

【次話】

12話 一寸の虫ポケモンにも……?

 


人気ブログランキング