14話 見つけた目標
【前話】
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私がパルデアに引っ越してきたのは、お母さんのお仕事の都合だった。
アカデミーに入ったのは学校に行かなきゃいけないからで、ポケモンを貰ったのもその流れで。
そしてネモとバトルして、勝って、褒められちゃって。自分ではあまりピンとこないんだけど、私にはトレーナーとして見込みがあるんだって。ネモはそう言ってくれた。
私自身バトルが楽しいと思った。それならばと、誘われるがまま彼女と同じトレーナーを志したの。
そこからは、もう流れるがまま。ネモに乗せられてジム巡り、ペパーに誘われてスパイス集め、カシオペアとかいう人にスター団を潰す手伝いを頼まれたりもして。
全部引き受けたよ、片っ端から。だって、楽しそうだったから。ペパーには『なんでもイエスちゃんかよ』って言われたけど、本当にそうかもしれない。私は、物事を深く考えないでその場のノリと勢いでやっちゃうところがあるから。
『アオイは、どんなトレーナーになりたいの?』
だから、先生の質問は私にはあまりピンとこなくて。強いて言えば、ネモと本気でバトルするために強くならなきゃってぐらいだったなぁ。
そんなことを聞かれたその日、私は初めてバトルに負けた。ネモに聞けば、先生はガラルのチャンピオンに匹敵する強さらしい。タイプ相性不利だったし、そりゃあ勝てないわけだよって思ったんだ。
でもね。
『すげーな、あのトレーナー!むしジムなのにニャオハで勝っちまったよ!』
『しかもテラスタル無しだぜ!?どんな鍛え方したんだよ!』
先生とカエデさんのバトルは、タイプ相性とかそんな理屈を全部吹き飛ばした。
ニャオハのレベルがどうとかはどうでも良くって、私が驚いたのはあの子と先生の信頼関係。
素人目で見ても絶望的な状況を、ポケモンもトレーナーも諦めない。困難に対して、めげない心で立ち向かっていく。そんな様を、ありきたりだけど『カッコいい』と思ったんだ。
この日、私は本当の意味で『ポケモントレーナー』という存在を知った。
きっとネモも、本気を出したらそれに匹敵するトレーナーのはず。そんな凄いトレーナーになりたいと、今までぼんやりとしていた私の目標が、くっきりと形になって表れたの。
「ウェルカモ、つばさでうつ攻撃!」
そして今、私のジムデビュー戦。戦いは、順調そのものに進んでいた。
「う〜ん。弱点をつかれると厳しいですね〜。ヒメグマ、あまいかおり〜」
「《b》アクアジェット《/b》で突っ切って!水の中なら匂いも気にならないはず!」
隙を生み出そうとするヒメグマに対して、ウェルカモを力任せに突っ込ませる。
私が思った通り、ウェルカモはヒメグマのあまいかおりに引っ掛からなかった。うまく接近に成功する。
手持ちは、私もカエデさんも残り1匹。でも、私の方が断然有利な状況だった。
というのも、ハネッコでまずタマンチュラを突破。ヒメグマには倒されちゃったけど、ハネッコのしびれごなで麻痺にできたから、動きを鈍らせることができた。
だから……
「つばさでうつでトドメ!」
万全のウェルカモで、テラスタルを使わずに倒すことさえできたんだ。
◇ ◇ ◇
「快勝だったね!おめでとう、アオイ!」
セルクルタウンでのジム戦を終えて、私は先生と祝勝会という名のお茶会をしていた。
このジムではカエデさんに勝つとケーキが貰えるそうで、私も先生も試合に勝った分のケーキを食べていた。先生は食べきれないからと、半分をサワロ先生に渡していたけど。……あの時のサワロ先生、嬉しそうに帰っていったなぁ。
「なんとか……。ありがとうございます。先生が先に戦ってくれたから、リラックスできました」
「ボクは特に何も。あの戦いっぷり見たら、必要ないんじゃないかってぐらいだったし……。うん、とにかくおめでとう!」
先生は、まるで自分のことのように喜んでくれる。自分が勝った時よりも嬉しそう。子どもみたいな笑みを見せる先生に、私も顔が綻ぶ。
普段は生徒と先生の関係だから忘れがちだけど、リンドウ先生って私と年齢3つくらいしか変わらないんだよね……。
でも、バトルの腕は段違い。先生がちょうど私と同じ歳の時、先生はガラルのジムチャレンジを突破してるんだ。
だから、私もそれに並びたい。なんとしても、この課外授業でジムバッジを8つ集めるんだ。1つ目でつまづいている暇なんてないよ。
「……あんまり嬉しくなさそうだね?」
「えっ!?そっ、そんなことないですよ!バトルが終わって、まだ現実感がないというか……」
「そっか。まぁ初めてだもんね」
図星をつかれた発言に私は大慌てで弁明するけど、先生はそれ以上追及してはこなかった。鋭いのか鋭くないのか……。
全く嬉しくないわけじゃないけど、あんまり嬉しくないのは本音。それはある意味、先生とカエデさんのバトルを直前に見たから気づいたことだった。
私は、カエデさんに余裕をもって勝った。その前に戦った先生と比べても、私の方が圧倒したように見えたと思う。
でも、見る人が見ればわかると思う。カエデさんは、私に対して手加減をしていた。どくびしを絡めた戦法も、タマンチュラの高速たいあたりも、ヒメグマのカウンターもなし。淡々とバトルをして、勝利したって感じ。
そりゃあ先生はガラルのトーナメント覇者で、私は新米トレーナー。比べるのが間違ってるし、最初のジムだから手加減するように言われてるのかもしれない。
仕方ないことだけど、ちょっと悔しいなあ。
なんて。
「アオイ、この後はどうするの?」
「1回テーブルシティに戻って、東門から出ようと思います。次のジムもありますし。先生は?」
「ボクもテーブルシティに帰るかなぁ。アカデミーに戻って残務処理しなきゃ」
先生は忙しそうだ。普段のお仕事との掛け持ちだからなぁ。本当は全部のジム戦を見学したいところだけど、我儘は言えないよね。
「そっかぁ。頑張ってくださいね、次の部活動楽しみにしてます。あれから、希望者すっごく増えたらしいですから」
「みたいだね……。うぅ、プレッシャー」
途端に弱腰になる先生。バトルの時はあんなに堂々としていたのに、フィールドから離れるとまるで別人みたい。
先生が机に突っ伏してうなだれていると、スマホロトムがけたたましい音を立てた。
「……っと、校長から電話だ。はい、今セルクルタウンにいて……えっ!?」
先生の顔が驚きに変わっていく。
「わかりました。すぐに向かいます!!」
先生は電話を切ると、大慌てで身支度を始めた。
「どうしたんですか?」
「西1番エリアで、巨大化したポケモンが暴れてるって。生徒たちが立ち往生してるから、助けにいかなきゃ」
西1番エリアは、セルクルタウンの西側だったよね。風車が立ち並んでて、傾斜が急な山道。
ん?待って、あそこって確か・・・。スマホロトムを開くと、やっぱり思った通りだった。その巨大化したポケモンを、私は知っている。
お皿に残っていたケーキを大口開けて放り込む。せっかく貰ったケーキなのに、味わって食べられなくてごめんなさいカエデさん。
「アオイ?」
「わだしもいぎまふ!!」
「飲み込んでから話そうか」
ごめんなさい。
「っく。私も連れてってください」
「……遊びに行くんじゃないんだよ」「分かってます。でも、足を引っ張るつもりはありませんし、きっとそこにくる友達を助けなきゃいけないので」
少し厳しい目をする先生。でも、私だって軽い気持ちで行くわけじゃないよ。
それに、先生のバトルをもう少し見ていたい。やっと見つけた目標なんだから、学べるところは全部学びたいし。
「……わかった。アオイのバトルの腕は疑っちゃないしね」
「やった!」
「でも、危険だと判断したらすぐに引いてもらうよ。生徒を守るのが先生の務めだからね」
先生の許しも得た。そうとなれば、張り切っちゃうんだから!
ようやく見つけた私の目標。しつこくしつこく、追い回してやります。
いつか、全力でバトルができるようになるその日まで!
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【次話】