【小説】13話 やんちゃっ子ニャオハの意地
【前話】
○
「二匹目はヒメグマか……」
あの子はノーマルタイプのはずだ。確かにお菓子、甘いもののイメージがなくはないけど。
セルクルジムはむしタイプ専門のジムのはずだけど……まぁいい。ノーマルタイプなら、ニャオハも十分に相手できる。
「マリル、まだいける?」
「リルゥ!」
「よし、いけるところまで頼むよ!バブルこうせん!!」
どくびしを撒かれている以上、交換戦をすればこちらが明確に不利だ。マリルで攻めて、たとえ倒れてもニャオハで押し切ればいい。
大丈夫、勝つプランは十分ある。
「クマちゃ〜ん。まずは接近しましょう〜」
「速い!?」
ヒメグマとは思えないスピードでフィールド上を駆け回り、バブルこうせんを躱していく。アオイの個体よりスピードはずっと上だ。なるべく接近戦はしたくないのに……。
「みだれひっかき〜」
「まるくなるでガードして!」
周りにどくびしが眠っている以上、あまり自陣側で動きたくない。マリルは体を丸めて硬くし、ヒメグマの攻撃を耐える。
にしても、なぜあの人はヒメグマを突っ込ませるんだ。そんなにこちら側のフィールドで駆け回っていたら……。
「ググ……?」
「あら〜、踏んじゃいましたね〜」
ヒメグマの表情が一変した。どくびしを踏んだんだ。あれだけ動き回れば、こうなることは必然。カエデさんが焦ったからなのかわからないけど、こっちには好都合だ。
「マリル、攻め立てよう!テラスタル!」
「こちらもいきますよ〜。さなぎを破って、大きく育ちましょう〜」
同時にテラスタルを切る。
マリルは当然みずテラスタル。対してヒメグマは、触角が生えたような結晶模様で……。
いや、まさか。
「むしテラスタル!?」
「正解です〜。れんぞくぎり〜」
「くっ……。バブルこうせん!!」
あまりにも迂闊で早計だった。
ちょっと考えればわかるだろうに!
マリルが放ったバブルこうせんを、ヒメグマはさっきよりも俊敏に躱し、懐に潜り込んだ。
そして、テラスタルで強化された爪の連撃を浴びせる。フェアリータイプが消えたこともあって、マリルは耐えきれずダウンした。
……やられた。テラスタルを切ったのに何もできずに倒された。想定しうる最悪の状況。
これはボクの失態だ。勝負を焦り、強引にテラスタルを切ったトレーナーの責任。くぅ…、実戦から遠ざかってた分、感覚が鈍ってる。
「ごめんね、マリル。タマンチュラを倒してくれてありがとう」
マリルに労いの言葉をかけて、ボールに戻す。
落ち着いて考えよう。あのヒメグマの特性は、おそらくはやあしだ。状態異常になるとすばやさが上がるという特性。だからこそのあのスピードか。鈍足というヒメグマの短所を、こんな形で克服してくるなんて。
でも、スピードならこっちも負けない。
「託したよ、ニャオハ!」
「ハニャォ!!」
ボクが再度繰り出すのは、もちろんニャオハ。
そして、場に出たニャオハが顔を歪める。タマンチュラが残したどくびしの効果だ。短期決戦しか勝利の道は残されていない。
相手はテラスタル済み、こちらは無し。タイプ相性も不利。そして毒状態。さぁて、この絶望的な状況をどうひっくり返そうか。
「……まだ諦めてないようですね〜?」
「ここで投げたら、ニャオハにもマリルにも失礼ですから」
ジムチャレンジでもこれぐらいのピンチはいくらでもあった。こんな場面でも諦めなければ勝負はわからないってことを、先輩としてアオイに見せてあげなきゃ。
なにより、やる気の表情を見せているニャオハを勝たせてあげたい。
「いい心構えですね〜。でも手加減はしませんよ、れんぞくぎり〜」
「望むところですよ!ニャオハ、ヒメグマにひっついて!」
高速で向かってくるヒメグマに対して、ニャオハも前に出て一気に距離を潰した。爪が振りかざされるよりも先に、ニャオハはヒメグマの胸元まで到達。ヒメグマに体を預けることで動きを封じ、見事攻撃を止めてみせた。
れんぞくぎりは、連続で攻撃を当て続けることで威力が上がる技。さっきまで上がっていた火力はリセットだ。
「爪はもうひとつありますよ〜?」
「させるか!とんぼがえり!」
もう片方の攻撃が来る前に、ニャオハは素早く離脱。翻しながら尻尾ではたく。
ヒメグマの攻撃が空振りに終わる。動きが鈍ったのを見逃さない。
当てるなら今だ、むしジム対策のとっておき!
「つばめがえし!!」
ニャオハは再度突進。右手の爪を振り下ろし、跳躍しながら返しの左手で攻撃。高速の二連撃がヒメグマを襲った。当然効果は抜群だ。
でも。
「カウンターで倍返ししちゃましょう〜」
「なっ……!?」
決まったかと思った矢先、ニャオハの小さな体が吹き飛んだ。
カウンターは、受けたダメージを倍返しにする技。まさか、あんな技まで持ってたなんて……。
「ニャ、グググ……」
与えたのが効果抜群な分、受けたダメージはもっと大きい。ゆっくりと立ち上がってはいるけど、彼も苦しいはずだ。
攻撃力の高いヒメグマ相手に、受けられる攻撃はもうない。そして、毒が体力を蝕むことも考えると時間も長くは……。
「たたみかけましょう〜」
「グマァ!」
好機とみて、ヒメグマが突っ込んでくる。みだれひっかきの構えだ。捌き切れるか?
距離を詰めるヒメグマに対して、ニャオハは起き上がって身を躱す。相変わらずしなやかな身のこなし、だけど動きのキレがだいぶ鈍っている。
「このは!!」
しんりょくの効果が乗ったこのはで、なんとか押し戻す。けど、これではジリ貧だ。早いとこ決めないと、ニャオハが毒で力尽きてしまう。
ジワジワと詰められているが、まだ諦めたくない。でも、もう一か八かで突っ込むしか、他に何か策は……。
「ニャオハ、いける!?」
「ニャグ、フー、フー……」
彼も苦しそうだ。
でも、戦う意思は潰えてない。
それならまだ……。
「ニャォォォォォォ!!!!」
次の瞬間、高らかに雄叫びを上げるニャオハの体が光り始めた。
「え!?」
「あら〜?」
そんな、いや、まさか。
光はどんどん強くなり、目を開けてられないほどにまで眩くなる。時間にして数秒、徐々に光が弱まり、目を開けたそこには……。
「ロニャァァァ!!」
「しん……か……?」
『ニャローテ。くさねこポケモン。
ニャオハの進化系。体毛に隠したツタを操り、硬い蕾を敵に叩けつける』
スマホロトムが飛び出して図鑑登録。流れる無機質な音声に、ボクは喜びを噛み締めた。
そっか、進化か。そっかぁ……!
「本当に、色々と驚かせてくれますね〜。でも喜ぶのは早いですよ〜?れんぞくぎり〜」
「ニャローテ、ツタを伸ばして!」
気を引き締めろ。まだ勝負の最中だ。
突っ込んでくるヒメグマに対して、ニャローテはツタを伸ばして牽制。そう簡単には近寄らせないよ。
「横に移動しましょ〜」
「下がるんだ!」
ヒメグマの移動に合わせて、ニャローテはバックステップ。これで視界は広がり、ヒメグマの動きも捉えやすくなるはず。
「右!向いて!」
そしてその先は、進化を経て追加された新技の射程圏内!
「タネばくだん!」
爆ぜるタネの嵐。効果はいまひとつといえど、ヒメグマの進行を鈍らせる。
とはいえ、ヒメグマもタフだ。勢いが衰えながらも、足を止めることはない。
「気にせず詰めましょ〜。れんぞくぎり〜」
「受け止めて!」
振りかざされた右手を、ニャローテは左手で受け止める。力は五分か。ちょうど抑え込めた。しかし、もう片方の腕が残っている。
ニャローテは、すかさずツタに手を伸ばした。
「左手、来るよ!」
「ニャル!」
ツタをまるで鞭のようにしならせて、蕾部分をヒメグマの手に打ちつける。ばちぃんとした音が響き、ヒメグマの左手が弾かれた。
さらにニャローテは、ヨーヨーのように自在にツタを操って、ヒメグマの左腕をぐるぐるに縛り上げた。
「これは……」
「ひっぱれ!」
縛ったヒメグマの左腕ごと、ニャローテはツタを力いっぱい引く。ツタに引っ張られるようにヒメグマは地面に倒れ込み、無防備な姿を晒した。
その体勢じゃあ、もうカウンターはできっこない。チェックメイトだ!
「つばめがえし!!」
両爪を用いたニャローテの連撃。ヒメグマも、身を翻して爪で応戦した。
爪と爪の交差。攻撃を放った後、フィールド内だけ時間が止まったように二匹の動きが止まる。
ヒメグマは地面に横たわったまま。ニャローテは片膝で手をつき、苦しそうな表情をしている。
固唾を飲む観衆。パートナーの動向を見守るボクとカエデさん。そして、先に動いたのは……。
「……ニャル」
勝利を確信し、ヒメグマに背を向けてこちらにゆっくりと歩いてくるニャローテの姿だった。
ヒメグマは倒れたまま、目を回していた。
『ヒメグマ戦闘不能!ニャローテの勝ち!よって勝者、リンドウ選手!!』
「っっっっっし!!!やったよ、ニャローテ!」
今にも倒れそうなニャローテに、ボクは急いで駆け寄って抱きしめる。そのフラフラの状態で、本当によく頑張ってくれた。
元々ニャオハで相手を撹乱して、マリルで詰めるプランだった。それを苦手なむしタイプ相手に、テラスタル無しでよくぞここまで……。今日はめいっぱい褒めてあげなきゃ!
「ルニャ」
「あら?」
ボクがニャローテの頭を撫でていると、彼はボクの抱擁を解いて押しのけるようにした。
疲れてるのに悪いことしちゃったかな。早く休ませてあげよう。
「リル〜!」
「わっ!?うんうん、君もよく頑張ったね」
ニャローテをボールに戻そうとすると、今度はマリルが飛び出してボクに抱きついた。少しボールの中で回復したかな。
もちろんマリルも勝利の貢献者だ。こっちも、いっぱい褒めてあげる。
すると。
「ロニャ〜」
そっぽを向いていたニャローテが、不機嫌そうな顔でボクの袖を引っ張った。そっけなかったのは、進化して気が大きくなったのか格好つけていただけみたいだ。
そんな天邪鬼な彼を、ボクは優しく撫でてあげる。まったく、わかりやすいヤキモチ妬いて可愛いんだから。
ひとしきり可愛がってポケモンたちをボールに戻すと、カエデさんが近づいてきた。
「わたしのポケモンたち、み〜んな虫の息です〜。素晴らしいバトルでした〜」
「今回は、ポケモンたちに助けてもらいました。本当にギリギリで……」
「それを引き出したのは、他でもないトレーナーのあなたの力ですよ〜。ニャローテさん、あなたのために戦ってるように見えました〜」
「ちょっと恥ずかしいですね……」
ニャオハが進化したのは完全に予想外だった。あんなにやんちゃで言うことを聞かない子だったのに、ここまでになってくれて感慨深いものがある。トレーナー冥利に尽きると言う他ない。
「改めておめでとうございます〜。ジムリーダーに勝った証に、ジムバッジを差し上げましょ〜」
「……ありがとうございます!」
大歓声が起こる中、ボクはバッジを高く掲げる。まだ一つ目、たかが一つ目のジムバッジ。だけどそれは、ボクが今まで踏み出せなかった一歩を踏み出した、大きな大きな瞬間だった。
マリル 1勝1敗
ニャローテ 1勝
一つ目のジム、セルクルジム攻略!
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