【小説】5話 転校生と不登校生
【前話】
○
「んっんー。いーい天気だなぁ」
テラスタルの授業から数日後。休暇をもらったボクは、アカデミーを飛び出して南1番エリアにいた。
テーブルシティから一歩出たら、そこはもう大自然。ワイルドエリアとは比較にならない規模に、ボクの心は小躍りした。
課外授業では生徒たちが自由に探索できるんだから驚きだ。たくましいね、パルデア人。
ニャオハを肩に乗せて周辺を歩く。せっかくの休暇だし、今日はリラックスした―――
「誰か助けてえええ!」
……何か聞こえたよね。
いや、気のせいかな。
「ニャ、ハニャ!」
「キミも聞こえた?」
無視はできないか。アカデミーの生徒だったら大変だし……。
行くしかなさそうだ。ニャオハを肩から下ろすと、音のする方へ駆け出していった。ボクもそれについていくことにする。
「ここなの?」
「ニャ!」
自慢げ鼻高々のニャオハが指したのは、青色の巨大な結晶が光り輝く場所だった。その結晶の根本には、地中深くまで続く穴がある。
これってポケモンの巣穴だよね。パルデアだとテラスタルしたポケモンがいるってジニア先生に聞いた気が……。あれ、ヤバいじゃん。
「早く助けに行かなきゃ!」
ニャオハを抱きかかえて、ボクは巣穴の中に入っていく。巣穴の形はガラルと同じだから、恐怖心はなかった。進めば進むほど光が強くなっていって、段々と前が見えなくなってくる。
程なくしてある地点に辿り着いた。ゆっくり目を開くと、そこは辺り一面が結晶に覆われた広場。そして、テラスタルしたポケモンが、二人の侵入者に襲いかかっていた。
「どうするよアオイ!お前がこんなとこ入るって言ったんだぞ!」
「むーりー!ペパーだって『やる気まんまんちゃんだな』って言ってたじゃん!」
「行くとは言ってない!無理やり巣穴に引きずりこんだんだろうが!」
追われているのは、金髪に三つ編みの女の子に、長髪にリュックサック背負った男の子。
アオイとペパーね。制服を着てるから、アカデミーの生徒で間違いなさそうだ。
「リルゥゥゥゥー!!」
その二人を追っているのは、みずうさぎポケモンのマリル。頭の結晶が噴水なのを見ると、みずテラスタルの個体か。
そのマリルは、テラスタルにより強化されたバブルこうせんを二人に放つ。野生だから当然だけど、一切の容赦がないな。
「わーっ、また来た!?困ったちゃんだなもう!ホシガリス、タネマシンガン!」
「ハネッコ、ようせいのかぜ!クワッスはみずでっぽう!」
三匹の攻撃がぶつかってもなお、バブルこうせんの勢いは止められそうにない。それどころか押し返されそうだ。これは早く助太刀しなきゃ。
「ハニャァー!」
「ニャオハ!?」
エーフィを出そうとすると、腕の中にいたニャオハが飛び出した。こっちを振り向いて、早く指示しろと言わんばかりに強気な表情を見せる。
……仕方ない。タイプ有利だし、この前の授業では出してあげられなかったし。
「わかった、キミのやる気を買うよ!このは!」
ニャオハの生み出した木の葉は、バブルこうせんを横から弾いた。衝突した木の葉たちが泡を次々と吸い取っていき、威力を弱める。
「あれ?攻撃収まった……?」
「二人とも大丈夫?」
少し落ち着いたところで、ボクは二人に駆け寄る。うん、怪我はなさそうだ。
「だ、誰だアンタ?」
「ボクはリンドウ。アカデミーの先生で……って話は後の方がいいかな」
攻撃を防いだにすぎなくて、マリルはまだ健在だ。あの子を鎮めないと、巣穴からも逃げられないだろう。
「先にアイツを止めなきゃだな。ホシガリス、たいあたりだ!」
「クワッス、つばさでうつ攻撃!」
二匹が真っ先に激突。さすがにダメージは入って少しグラつくが、尻尾であっさり弾き飛ばされてしまう。
耐久力も相応にあるな、あのマリル……。
「ハネッコ、すいとるで抜群狙うよ!」
「こっちも!もう一度このは!」
効果抜群の攻撃ならどうだ?
木の葉の旋風に吸収攻撃。いずれもくさタイプの技だ。流石に効いたのかマリルは顔を顰める。
だけど。
「受けながら攻撃の構えとってる!?」
「来るぞ攻撃!まるくなる!」
「クワッス、みきりで躱して!」
尻尾をバネにして高く跳び、マリルはそのまま尻尾を振りかざす。そのまま、重力に任せてたたきつけてきた。
クワッスは攻撃を見切って避けたけど、ペパーのホシガリスは少しダメージ喰らったか……。まるくなるでダメージ抑えられたと思うけど。
「今のうちに動きを止めるよ!しびれごな!」
「ニャオハ、つめとぎでスタンバイして!」
尻尾をたたきつけたところに、ハネッコのしびれごなが振りかかる。これで麻痺したはずだ。マリルの表情に曇りが出始めた。
「リルっ!!」
でも、まだマリルは諦めない。水の柱を纏って、宙を舞いながら襲いかかってきた。見たことあるのよりもだいぶ極太だけど、アクアジェットか。テラスタルでの強化具合が凄まじいことになっている。
「二人とも、あの攻撃止められる?その隙に、ボクたちが一撃をぶち込むから!」
「や、やってみます!」
「うっし!」
ニャオハの盾になるようにホシガリス、クワッス、ハネッコが並ぶ。その三匹を吹き飛ばすように、マリルは突っ込んできた。
「タネマシンガン!」
「クワッスはみずでっぽう!ハネッコはもう一度すいとる!」
両者の技がぶつかり合う。勢いは少し押されてる。けど、ハネッコのしびれごなでスピードは落ちてるし、それだけ火力も抑えられてるはず。これなら撃ち抜ける。絶対に無駄にはしない。
ボクはテラスタルオーブを起動して、ニャオハの元に投げた。
「さぁ行くよ、テラスタル!めいいっぱいの力でこのは!!」
「ハァァニャァァァァッ!!!」
頭に煌めく花の結晶。くさテラスタルを切ったニャオハは、木の葉をたっぷり乗せた突風を打ち出した。
つめとぎで上がった攻撃力と、くさテラスタルで底上げされた草技。そして効果抜群。さっきまで繰り出していたソレとは比較にならない木の葉が、水流ごとマリルを吹き飛ばした。
テラスタルが解けたのか、結晶が砕け散ってマリルの体は元に戻る。それはマリルが力尽きたことを意味し、ボクたちの勝利を表していた。
「にゃふ……」
「よく頑張ったね、ニャオハ」
ニャオハはぐでっと倒れる。
初の実戦。初のテラスタル。短いバトルだったけど、彼にとって濃密な時間だっただろう。
ボクが労うように頭を撫でると、彼はゴロゴロと心地よさそうに喉を鳴らした。
「た、助けてくれてありがとうございました!」
「エラい目に遭ったぜ……。その、ありがとうございます」
「こっちこそ、サポートありがとう。二人がいなかったら、勝てたか怪しかったよ」
それぞれ、相棒をボールに戻したアオイとペパーが駆け寄ってくる。うん、ボクとしても大事な生徒を守れて良かった。
これがテラレイドバトルか。ガラルのマックスレイドバトルと似てるようで違ってて、これはこれで楽しかったな。
それはさておき。
「ごめんね。大丈夫?」
力尽きたマリルの元に駆け寄る。この子も巣穴に人間が入ってきてビックリしたんだろうし、罪はないはずだ。げんきのかけらを与えて、復活させてあげる。
「リ、リルぅ……」
「先生、その子どうするの?」
「まだ元気ないみたいだし、一緒に外に出ようか。ここに放置するのも危険だからね」
「心優しいちゃんだな、先生」
ま、昨日の敵はなんとやらだ。
マリルを抱きかかえ、ボクたちは巣穴から抜け出した。
「改めて、ありがとうございました。その、今度からアカデミーに通うアオイです」
「2-Gのペパーだ」
「どういたしまして。臨時教員をやってるリンドウだよ。よろしくね」
改めて自己紹介。
転入生のアオイはともかく、ペパーも初めましての顔だ。もうひと通りのクラスで授業したんだけど。不登校気味の子がいるって聞いたけど、もしかしてこの子かな。
「ところで、二人はどうして巣穴に?」
「う。それはぁ……」
ボクの問いに苦い顔をしたのはアオイ。それと同時に、ペパーがジトーっとした目で彼女を見つめる。オーケー、大体察した。
それでも一応話を聞く。
テーブルシティで人を待っていたこと。
暇になって一度南1番エリアに戻ったこと。
そこで、光り輝く結晶を見つけたこと。
近くにいたペパーを捕まえて、強引に連行したこと。
……酷い話だなぁ。どこからツッコむべき?
「……とりあえず、巣穴には4人で行くように」
「あはは……。ゴメンね、ペパー」
「まったくだぜ。無駄な時間は食うし、大変な目に遭うし。俺にはやることがあるってのに」
「やることって?」
ボクが尋ねると、ペパーは顔を歪めた。
「……それは先生には内緒だ。じゃあな」
「あっ、ペパー!?学校にはちゃんと来るんだよー!!」
あっという間に行っちゃった……。
引き止める隙もなくて、アオイの声にも振り向かずにペパーの背中は見えなくなった。
「彼、学校に来てないの?」
「えと、不登校みたいです。なんでかはわからないですけど」
「そっかぁ……」
やっぱり不登校の子だった。アカデミーは規模の大きい学校だし、中にはそういう子もいるだろうけど……。
……うん。今度彼に会ったら話をしてみようか。これも教員の仕事だ。
そうこうしていると、アオイのスマホロトムに着信通知が届いた。
『アオイ、許可取れたよー!……ってあれ?リンドウ先生がいる!?なんで!?』
「ネモ?」
スマホロトムのビデオ通話。画面を覗き込むと、通話相手はネモだった。アオイの待ってた人って、彼女だったのか。
「アオイ、ネモと知り合いだったの?」
「家が隣なんです。それで仲良くなって」
『アオイ凄いんだよー!二回バトルして、私二回とも負けちゃったんだから!』
へえ。それは凄い。
ネモはチャンピオンクラスだし、実際この前バトルして凄く強かった。ポケモンのレベルは合わせてるだろうけど、それでも彼女を負かすとは。
確かに、さっきは初心者ながらポケモンを二匹同時に使っていたし、技の選択も絶妙だった。確かにバトルの筋は凄く良いかも。
『そーだよー!もしかしたら、先生より強かったりして!』
「先生もバトル強いの?」
『凄いんだよ!なんてったって、ガラル地方のトーナメント覇者――その世代のナンバーワンなんだよ!』
………………んん?
楽しそうに話すネモの口から、聞き流せないワードが聞こえた気がした。あれ、ボクそんな話したっけ……?
ボクの情報はガラル出身と、そこで旅してたことぐらい。
ボクがガラルのトーナメント覇者ってのは、マスタードさんと繋がっているクラベル校長ぐらいのはずだけど。
「ネモ、それどこで知ったの?」
「名前で調べたら出てきました!ほら、ポケチューブにも動画が残ってるし……」
「わー、ホントだすごーい!」
「まさかの検索!?」
うわ、本当に動画サイトにジム戦やらトーナメントの動画が残ってる。再生数も万超えてるし。
インターネット社会こっわ。エゴサなんてしないし、初めて知ったよ。
あんまり思い出したくないし、黙ってようと思ってたのに……。よりによって、ネモに知られるなんて。
「出来れば、喋らないでくれると嬉しいな」
『じゃあ、また今度バトルしましょうね!』
「……お受けします」
『わーい!じゃ、私テーブルシティで待ってるから!アオイ、また後でねー!』
簡単に次のバトルの約束をしたところで、通話は一方的に切られる。
え、待って。これテーブルシティに行ってすぐにバトルってわけじゃないよね?大丈夫だよね?
……いいや。変な約束は頭の片隅の方に寄せとくとして、早くテーブルシティに戻ろう。
「せ、先生大変ですね……」
「ありがとうアオイ。労いの優しさが身に染みるよ。それじゃ――」
立ち上がったボクの裾が、何者かに引かれた。
「どうしたの?」
「リル、リル!」
「あなた、さっきのマリル?」
テラレイドバトルで倒したマリルが、ボクの足元にいた。そういえば、巣穴から一緒に連れ出したんだ。さっきまでひんし状態だったけど、もう心配ないみたい。
「どうしたんだろう?」
「先生、気に入られたんじゃないですか?」
「え、ボクがぁ?」
手当てをしただけなんだけどな。だけど、マリルの目はジッとこちらを捉えている。
ボクはしゃがみ、マリルと視線を合わせた。
「キミも来る?」
「リルゥ!」
返ってきたのは元気の良い声。そこまで言うなら、ボクも応えよう。
空きのモンスターボールを取り出してかざすと、マリルは尻尾でスイッチを押す。光に包まれてボールに入ると、数回揺れた後、やがてボールは収まった。
「よし、マリルゲット。これからもよろしくね」
ボクがボールに向かって語りかけると、ピョンとボールが元気よく跳ねる。こうして二匹目の頼もしい仲間、マリルがパーティーに加わった。
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【次話】