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【小説】4話 初めての輝き

【前話】

3話 キミにきめた!

 

 

「――とまぁ、これがテラスタルの簡単な説明になります。みんな分かったかな?」

 

 ボクが説明を終えると、生徒たちの元気良い声がグラウンドに響いた。
 今日は、バトル学――テラスタルについての授業をしている。課外授業が始まるまでは、補助教員として授業の手伝いをするのが日々の主な仕事だ。いっても、簡単な補助だけど。
  正直、人前で話すのは苦手だ。恥ずかしいし、噛むし、緊張するし。ガラルのジム戦の方が緊張するだろって?それはそれ、これはこれ。
 でも、心配はなかったようで。担当のキハダ先生は、歯を見せながら親指を立てる。良かった。

 

「素晴らしい解説だったぞ、リンドウ先生!では、おさらいといこう!」

 

 ボクからバトンタッチで、キハダ先生は身振り手振り交えながら授業のおさらいをする。元気な先生だ。

 

 臨時教員と言えど、仕事の種類は多岐に渡る。書類の整理、生徒の指導、授業の資料作成、その他雑用とかとかとか……。

 

 これでも、ボクの立ち位置は楽な方だ。学期末はもっとヤバいらしい。怖いな公務員。
 でもハッサク先生曰く、三足のわらじをしてるサラリーマンもいるらしい。ブラックすぎる。 


「じゃあ、ここからは実際に見てもらおうか。誰か、実演してくれる人は―――」
「はいはいはい!私、私やりたい!!」

 

 いつの間にか、テラスタルを試す流れになっている。キハダ先生の声を遮って立候補したのは、やはりというかなんというかネモだった。
 食い気味だ。まぁ、やる気があるのは良いことか。……怖いけど。

 

「よし、ネモだな!じゃあ、あと一人は……」

 

 テラスタルを試せる絶好のチャンス。もうひと枠を取り合いになるかと思いきや、そんなことなく。むしろ、誰も手をあげない。

 

「他、誰もいない?」
「どうした、緊張しているのか?大丈夫だ、最初は誰でも失敗するもの!大事なのは、挑戦する気持ちだぞ!」

 

 キハダ先生の励ましも届かず、立候補者は出てこない。困ったな。
 ボクがやってもいいけど、生徒が消極的なのを放置するわけには……。

 

 

 

「ねぇ、手ぇ挙げなよ」
「嫌だよ。生徒会長に勝てるわけないもん……」

 

 ふとそんな声が聞こえた気がした。キハダ先生は気付かないし、ネモ本人に届いた様子もない。
 声の方に視線を向けると、その子たちはすぐに目を逸らした。マズいことを言った自覚はあるみたいだ。

 

 ……なるほど。強すぎて相手したがられないということか。あれだけ好戦的なネモだ。恐れられても無理はない。
 けど、このまま放置するのも居た堪れない。

 

「キハダ先生」
「ん?どうした?」
「私が相手していいですか。私も、テラスタルの実戦は経験ないので」
「……よし、わかった!では、1対1のバトルといこう!テラスタルのタイミングは各々に任せる」

 

 キハダ先生のOKも出た。ボクは腰に下げたモンスターボールを指で叩き、合図をする。
 いくよ、久々に全力で戦ろう。

 

「先生。なんか雰囲気違う?」
「そうだね。少し、興奮してるかも」
「……いいね。ゾクゾクする。手加減、しなくていいよね?」
「いらないよ。これでも、ひとつの地方を旅してきたんだから」

 

 ネモの様子は……心配なさそうだ。それなら、こっちも遠慮なくやろう。
 思うところはある。でも、とりあえず目の前のバトルに集中だ。

 

 ―――間違いなく、強い!

 

 

 

 


「やっちゃえ、ミミッキュ!」
「頼んだよ、エーフィ!」

 

 ボクはエーフィ。対するネモは……ミミッキュか。タイプ相性では大きく不利だ。にしても、彼女も容赦ないポケモンぶっ込んできたな。

 

「やっぱり先生ならエーフィ使うと思ってた!まずは小手調べ、シャドークロー!」
「今はこの子しかいないからね……。エーフィ、しっかり引きつけて!」

 

 効果抜群の攻撃だが、エーフィは落ち着いていた。ボクの指示を聞いてどっしり構える彼女に、ミミッキュの鋭い爪が迫る。

 

「一歩下がって!」
「エーフっ」

 

 小手調べという言葉通り、変則的な動きはしてこなかった。真っ直ぐ攻めるなら読みやすい。
 エーフィは、ボクの指示通り十分に引き付けた上で一歩だけ下がった。さっきまで彼女の頭があった場所を爪が通り過ぎ、ミミッキュの体は空振りの影響でバランスを崩す。

 

「くっ……、すばやい」
「着地際、シャドーボール!」

 

 そこにすかさず飛ばす黒い球体。隙を的確についた一撃は、実に効果的だった。接近したミミッキュを初期位置まで吹き飛ばす。
 とりあえず、オープニングヒットはこちらがもらった。……だけど。

 

つるぎのまい、させてもらいました」
「ちゃっかりしてるね……」

 

 ミミッキュの目は爛々と輝き、先ほどより血気盛んに見えた。攻撃力が大幅に上がっている。

 

 ネモは、ミミッキュシャドーボールを回避できないと悟り、すぐにつるぎのまいを指示した。
 普通はトレーナーも面食らって指示できないだろうに、恐ろしい切り替えの早さだ。

 

 ミミッキュの着ぐるみ、クビの部分がコテンと落ちる。なんとかばけのかわは剥がせたけど……。
 普通なら致命傷だろうに、なんだか損した気分だ。これがミミッキュの強さであり、理不尽なところでもある。

 

「さぁ、攻めるよ!ミミッキュ、テラスタル!」

 

 ネモがテラスタルオーブを取り出すと、ミミッキュの体がエネルギーで結晶化した。紫色のおどろおどろしい雰囲気に、頭についた冠は幽霊だ。
 クソッ、ゴーストテラスタルか……!

 

「一発で仕留めちゃえ!かげうち!」

 

 ミミッキュは大きく後ろに下がると、高く跳躍。空中から、自身の影をこちらに向かって伸ばしてきた。
 その数はいち、にぃ……5本!?多すぎるよ!普通は1本のはずでしょ!?
 
「無茶苦茶だ!?エーフィ、走って!できるだけジグザグに!」

 

 テラスタイプと同じ技は威力が跳ね上がると聞いていた。聞いてはいたけど、ここまでの範囲になるとは思わないでしょ。
 ……いや、1本の特大かげうちを、5本に分裂させてるんだ。あれも練度の高さか。しかも、今はつるぎのまいで攻撃力が上がっている状態。ひとつでも喰らったら終わりと思わなきゃ。

 

 襲い来る影を、エーフィは持ち前の素早さで掻い潜っていく。左に右にコートを駆け回り、すでに2本の影を回避しきった。
 あと3本。縦に三つ分かれている。

 

「突っ込め!」
「そう来るか……。ミミッキュ、影を戻して迎え撃って!」

 

 臆さず突っ込むエーフィ。その上を、ギリギリで影が通過した。これで残りが2本。全て同じように消えればよかったけど、そうは上手くいかないか。

 

 ミミッキュが手元に影を戻し、再度エーフィに照準を合わせる。この辺の対応も早い。
 そして2つの影を合わせて、1つの大きな影を作り出した。距離が近いところで逃げ場のない攻撃。影が一直線に飛んでくる。

 

「小細工は無し!ぶち抜くよミミッキュ!」
「あれは避けられないね……。サイコキネシス!」

 

 対して、ボクは迎え撃つしか出来ない。サイコキネシスをかげうちにぶつけて、なんとか軌道をずらそうとする。直撃だけは避けなきゃ……!
 少しずつかげうちの軌道が逸れ、だがしかし確実にこちらに迫ってきている。やっぱり力の差が桁違いだ。反則すぎるでしょテラスタル

 

「いっけー!!」
「エーフィ、技を戻して!」

 

 ボクが次の技を指示した直後。影がサイコキネシスを突き破ってエーフィに襲いかかった。影が地面に激突し、ドスンと野太い音が響く。

 

「当たった!?」「あんなの耐えられないよ!」

 

 観戦している生徒たちが次々と声をあげる。確かに普通なら、あの攻撃はエーフィじゃ耐えられない。普通なら、ね。
 審判をしているキハダ先生も、相対するネモも、そしてもちろんボク自身も。エーフィが健在なことを確信している。

 

「なるほど、リフレクターだな!」
「正解です。これでつるぎのまい分は帳消しにできた」

 

 ググッとエーフィが立ち上がる。与えられたダメージは大きい。でも、いくらテラスタルしたといえ、壁さえ貼ってしまえば、かげうちの火力では一撃で倒されない。
 さぁ、かげうちは全部凌いだ。仕切り直しだ。

 

「楽しい、楽しいよ先生!こんなに楽しいの、トップチャンピオンとやって以来かも!」
「それは嬉しいね。ボクも楽しいよ」

 

 ネモの気持ちはボクにも強く伝わってくる。ボクだって楽しい。マスター道場では長らく忘れていた感覚だ。
 負けたくない。そんな気持ちも芽生えてくる。

 

「でも、勝つのは私だから!ミミッキュ、もう一度《b》かげうち《/b》!今度は小さく細かく!」
「ボクだって負けないよ!サイコキネシスで受け止めて!」

 

 ミミッキュは再度こちらに影を伸ばしてくる。さっきの5本に対して、今度は7本だ。ひとつひとつが小さくなってはいるが、ダメージを喰らっている今、これ全部を捌くのは無理だろう。
 エーフィは、サイコキネシスで全ての影を受け止める。火力は向こうが上だし、ダメージも残っていて苦しそうだ。

 

 だけど、全てを打ち消そうなんて思っていない。受け止めて耐えるだけでいい。かげうちは自分の影を伸ばす技。その間は向こうも動けない。
 だから、この隙に―――!

 

「エーフィ、いくよテラスタル!このバトルを終わらせる光となれ!」

 

 テラスタルオーブを起動。凄まじいエネルギーを片手で受け止め、それをエーフィに投げる。

 

「ここでテラスタル!?マズい!ミミッキュ、急いで影を引っ込めて!」
「させないよ!もう少し耐えて!」

 

 テラスタイプはそのポケモンと同じタイプになる。つまり、エーフィはエスパーのはず。なのに焦っているということは、ネモはボクの意図がわかっているみたいだね。でももう遅い。

 

 エーフィの頭についたのはダイヤモンドの冠。そう、ノーマルテラスタル・・・・・・・・・だ。
 なぜか。進化するポケモンのテラスタイプは、進化前――すなわちイーブイのそれに依存するからだ。

 

 ということは、一転して弱点のゴーストタイプが無効になる。かげうちはもう怖くない。
 ミミッキュが影を引っ込めようとしても、エーフィのサイコキネシスがそれを許さない。影を封じられて、動くこともできない。完全に捉えた。

 

「エーフィ、解除!接近してシャドーボール!」

 

 サイコキネシスを解除させて、エーフィを前に走らせる。ミミッキュの影を正面から突っ切るが、ノーマルタイプの彼女にダメージはない。
 ミミッキュが影を引っ込めた時には、もうエーフィが眼前にまで迫っていた。すかさず打ち出したシャドーボールが、ミミッキュに激突する。

 

「耐えてミミッキュじゃれつく攻撃!」
「キシャー!!」

 

 空中で体勢を立て直し、ミミッキュはこちらに突撃してくる。大した根性だけど、もう破れかぶれだ。これが4つ目の技。エーフィにダメージを与えるには、もうその手段しかないからね。
 エーフィは自分の影を伸ばして自在に操る。どうやらボクの意図を汲み取ってくれたみたい。

 

「待って。影、どうして……?」
かげうち!!」

 

 彼女が本来覚えないはずのかげうちは、ミミッキュを下から殴り飛ばした。いくらエーフィの攻撃が貧相といえ、影のアッパーカットは効果抜群。ミミッキュの体力を削るのに十分だった。
 墜落したミミッキュは起き上がれず、目を回し倒れている。エーフィは、仕事を終えたかのようにこちらへ帰ってきた。

 

ミミッキュ戦闘不能!エーフィの勝利だ!!」

「よし!頑張ったね、エーフィ」
「エフィ」

 

 生徒たちの歓声が響く中、エーフィは澄ました顔をしている。でも、顔つきとは裏腹にその足取りはおぼつかない。それもそうだ、テラスタルした弱点の技を喰らったんだから。

 

 ふらついて倒れそうなエーフィを支えて、ボールに戻す。あとで目一杯褒めてあげよう。周りに誰もいないところで。
 エーフィの戻ったボールを撫でていると、同じくポケモンをボールに戻したネモが寄ってくる。

 

「くうう〜!強かったなぁ先生!いつテラスタル使うかわからないから、早く倒さなきゃと思ってたのに!」
「ノーマルテラスタル見抜かれてなかったら、もうちょっと楽だったんだけどね……。初見殺しのアレはもう通用しないしなぁ」
「そう!あの最後の技!エーフィってかげうち覚えないですよね!?あれ、どういうことなんですか!?」
「企業秘密かなぁ……。教えたら次勝てないし」
「そんなぁ〜!!」

 

 やっぱり、ネモはノーマルテラスタルを見切ってたんだ。もしさっさと切っていたら、早々にじゃれつくに切り替えていただろうし、勝負の結果は変わったかもしれない。
 あの初見殺しも対策されそうだし……。もう何回かしたら、あっさり逆転されそうだ。パルデアの未来は明るいね。

 

 とりあえず、ネモが楽しんでくれたみたいで良かった。いいガス抜きにもなったかな。

 

「うむ、二人ともいいバトルだったぞ!ネモはテラスタルを攻撃に、リンドウ先生は防御にと効果的な使い方を見ることが出来たな!次は、ぜひみんなにもやってもらうが――」

 

 

 

 にしても、テラスタルを切るタイミングは相当大事だ。下手に早く切ったら、せっかくのタイプ相性を覆してしまう。エーフィで例えると、本来は有利なかくとうタイプが弱点になるし……。
 基本は後出しがいいのかな?でも、ネモみたいにガンガン押す戦い方も悪くない。エーフィだとくさやフェアリーも使いこなせそうだ。

 

 ほのおやかくとうもアリだけど、エーフィはこれらの技を覚えないし。そもそも、テラスタイプを変えることって出来るのか―――。

 

「――ってところで、リンドウ先生!最後に何かあるか?」
「もし変えられるとしたら、バトルの幅がとんでもなく広がるな。常に第三のタイプを想定するって、凄く頭使うし……」
「先生!」
「わっ!?は、はいっ!」

 

 キハダ先生に肩を叩かれる。見ると、生徒たちの視線がこちらに集まっていた。
 ……マズい、これ思考の海をバシャバシャ泳いでたやつだ。

 

「ハッハッハ!リンドウ先生はバトルが大好きなんだな!」
「……すみませんでした」
「構わないさ!バトルは勝っても負けても楽しむもの!それは、テラスタルを交えても同じことだからな!みんなも、それを忘れないでくれ!」

 

 ボクの不始末をキハダ先生が綺麗にまとめて、授業は終わりを迎えた。
 なんて聖人。
 サンキュー、キハダ先生。
 フォーエバー、キハダ先生。

 

 はい、後でちゃんと謝りました。

 

 

【次話】

5話 転校生と不登校生

 


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