【小説】4話 初めての輝き
【前話】
○
「――とまぁ、これがテラスタルの簡単な説明になります。みんな分かったかな?」
ボクが説明を終えると、生徒たちの元気良い声がグラウンドに響いた。
今日は、バトル学――テラスタルについての授業をしている。課外授業が始まるまでは、補助教員として授業の手伝いをするのが日々の主な仕事だ。いっても、簡単な補助だけど。
正直、人前で話すのは苦手だ。恥ずかしいし、噛むし、緊張するし。ガラルのジム戦の方が緊張するだろって?それはそれ、これはこれ。
でも、心配はなかったようで。担当のキハダ先生は、歯を見せながら親指を立てる。良かった。
「素晴らしい解説だったぞ、リンドウ先生!では、おさらいといこう!」
ボクからバトンタッチで、キハダ先生は身振り手振り交えながら授業のおさらいをする。元気な先生だ。
臨時教員と言えど、仕事の種類は多岐に渡る。書類の整理、生徒の指導、授業の資料作成、その他雑用とかとかとか……。
これでも、ボクの立ち位置は楽な方だ。学期末はもっとヤバいらしい。怖いな公務員。
でもハッサク先生曰く、三足のわらじをしてるサラリーマンもいるらしい。ブラックすぎる。
「じゃあ、ここからは実際に見てもらおうか。誰か、実演してくれる人は―――」
「はいはいはい!私、私やりたい!!」
いつの間にか、テラスタルを試す流れになっている。キハダ先生の声を遮って立候補したのは、やはりというかなんというかネモだった。
食い気味だ。まぁ、やる気があるのは良いことか。……怖いけど。
「よし、ネモだな!じゃあ、あと一人は……」
テラスタルを試せる絶好のチャンス。もうひと枠を取り合いになるかと思いきや、そんなことなく。むしろ、誰も手をあげない。
「他、誰もいない?」
「どうした、緊張しているのか?大丈夫だ、最初は誰でも失敗するもの!大事なのは、挑戦する気持ちだぞ!」
キハダ先生の励ましも届かず、立候補者は出てこない。困ったな。
ボクがやってもいいけど、生徒が消極的なのを放置するわけには……。
「ねぇ、手ぇ挙げなよ」
「嫌だよ。生徒会長に勝てるわけないもん……」
ふとそんな声が聞こえた気がした。キハダ先生は気付かないし、ネモ本人に届いた様子もない。
声の方に視線を向けると、その子たちはすぐに目を逸らした。マズいことを言った自覚はあるみたいだ。
……なるほど。強すぎて相手したがられないということか。あれだけ好戦的なネモだ。恐れられても無理はない。
けど、このまま放置するのも居た堪れない。
「キハダ先生」
「ん?どうした?」
「私が相手していいですか。私も、テラスタルの実戦は経験ないので」
「……よし、わかった!では、1対1のバトルといこう!テラスタルのタイミングは各々に任せる」
キハダ先生のOKも出た。ボクは腰に下げたモンスターボールを指で叩き、合図をする。
いくよ、久々に全力で戦ろう。
「先生。なんか雰囲気違う?」
「そうだね。少し、興奮してるかも」
「……いいね。ゾクゾクする。手加減、しなくていいよね?」
「いらないよ。これでも、ひとつの地方を旅してきたんだから」
ネモの様子は……心配なさそうだ。それなら、こっちも遠慮なくやろう。
思うところはある。でも、とりあえず目の前のバトルに集中だ。
―――間違いなく、強い!
「やっちゃえ、ミミッキュ!」
「頼んだよ、エーフィ!」
ボクはエーフィ。対するネモは……ミミッキュか。タイプ相性では大きく不利だ。にしても、彼女も容赦ないポケモンぶっ込んできたな。
「やっぱり先生ならエーフィ使うと思ってた!まずは小手調べ、シャドークロー!」
「今はこの子しかいないからね……。エーフィ、しっかり引きつけて!」
効果抜群の攻撃だが、エーフィは落ち着いていた。ボクの指示を聞いてどっしり構える彼女に、ミミッキュの鋭い爪が迫る。
「一歩下がって!」
「エーフっ」
小手調べという言葉通り、変則的な動きはしてこなかった。真っ直ぐ攻めるなら読みやすい。
エーフィは、ボクの指示通り十分に引き付けた上で一歩だけ下がった。さっきまで彼女の頭があった場所を爪が通り過ぎ、ミミッキュの体は空振りの影響でバランスを崩す。
「くっ……、すばやい」
「着地際、シャドーボール!」
そこにすかさず飛ばす黒い球体。隙を的確についた一撃は、実に効果的だった。接近したミミッキュを初期位置まで吹き飛ばす。
とりあえず、オープニングヒットはこちらがもらった。……だけど。
「つるぎのまい、させてもらいました」
「ちゃっかりしてるね……」
ミミッキュの目は爛々と輝き、先ほどより血気盛んに見えた。攻撃力が大幅に上がっている。
ネモは、ミミッキュがシャドーボールを回避できないと悟り、すぐにつるぎのまいを指示した。
普通はトレーナーも面食らって指示できないだろうに、恐ろしい切り替えの早さだ。
ミミッキュの着ぐるみ、クビの部分がコテンと落ちる。なんとかばけのかわは剥がせたけど……。
普通なら致命傷だろうに、なんだか損した気分だ。これがミミッキュの強さであり、理不尽なところでもある。
ネモがテラスタルオーブを取り出すと、ミミッキュの体がエネルギーで結晶化した。紫色のおどろおどろしい雰囲気に、頭についた冠は幽霊だ。
クソッ、ゴーストテラスタルか……!
「一発で仕留めちゃえ!かげうち!」
ミミッキュは大きく後ろに下がると、高く跳躍。空中から、自身の影をこちらに向かって伸ばしてきた。
その数はいち、にぃ……5本!?多すぎるよ!普通は1本のはずでしょ!?
「無茶苦茶だ!?エーフィ、走って!できるだけジグザグに!」
テラスタイプと同じ技は威力が跳ね上がると聞いていた。聞いてはいたけど、ここまでの範囲になるとは思わないでしょ。
……いや、1本の特大かげうちを、5本に分裂させてるんだ。あれも練度の高さか。しかも、今はつるぎのまいで攻撃力が上がっている状態。ひとつでも喰らったら終わりと思わなきゃ。
襲い来る影を、エーフィは持ち前の素早さで掻い潜っていく。左に右にコートを駆け回り、すでに2本の影を回避しきった。
あと3本。縦に三つ分かれている。
「突っ込め!」
「そう来るか……。ミミッキュ、影を戻して迎え撃って!」
臆さず突っ込むエーフィ。その上を、ギリギリで影が通過した。これで残りが2本。全て同じように消えればよかったけど、そうは上手くいかないか。
ミミッキュが手元に影を戻し、再度エーフィに照準を合わせる。この辺の対応も早い。
そして2つの影を合わせて、1つの大きな影を作り出した。距離が近いところで逃げ場のない攻撃。影が一直線に飛んでくる。
「小細工は無し!ぶち抜くよミミッキュ!」
「あれは避けられないね……。サイコキネシス!」
対して、ボクは迎え撃つしか出来ない。サイコキネシスをかげうちにぶつけて、なんとか軌道をずらそうとする。直撃だけは避けなきゃ……!
少しずつかげうちの軌道が逸れ、だがしかし確実にこちらに迫ってきている。やっぱり力の差が桁違いだ。反則すぎるでしょテラスタル。
「いっけー!!」
「エーフィ、技を戻して!」
ボクが次の技を指示した直後。影がサイコキネシスを突き破ってエーフィに襲いかかった。影が地面に激突し、ドスンと野太い音が響く。
「当たった!?」「あんなの耐えられないよ!」
観戦している生徒たちが次々と声をあげる。確かに普通なら、あの攻撃はエーフィじゃ耐えられない。普通なら、ね。
審判をしているキハダ先生も、相対するネモも、そしてもちろんボク自身も。エーフィが健在なことを確信している。
「なるほど、リフレクターだな!」
「正解です。これでつるぎのまい分は帳消しにできた」
ググッとエーフィが立ち上がる。与えられたダメージは大きい。でも、いくらテラスタルしたといえ、壁さえ貼ってしまえば、かげうちの火力では一撃で倒されない。
さぁ、かげうちは全部凌いだ。仕切り直しだ。
「楽しい、楽しいよ先生!こんなに楽しいの、トップチャンピオンとやって以来かも!」
「それは嬉しいね。ボクも楽しいよ」
ネモの気持ちはボクにも強く伝わってくる。ボクだって楽しい。マスター道場では長らく忘れていた感覚だ。
負けたくない。そんな気持ちも芽生えてくる。
「でも、勝つのは私だから!ミミッキュ、もう一度《b》かげうち《/b》!今度は小さく細かく!」
「ボクだって負けないよ!サイコキネシスで受け止めて!」
ミミッキュは再度こちらに影を伸ばしてくる。さっきの5本に対して、今度は7本だ。ひとつひとつが小さくなってはいるが、ダメージを喰らっている今、これ全部を捌くのは無理だろう。
エーフィは、サイコキネシスで全ての影を受け止める。火力は向こうが上だし、ダメージも残っていて苦しそうだ。
だけど、全てを打ち消そうなんて思っていない。受け止めて耐えるだけでいい。かげうちは自分の影を伸ばす技。その間は向こうも動けない。
だから、この隙に―――!
「エーフィ、いくよテラスタル!このバトルを終わらせる光となれ!」
テラスタルオーブを起動。凄まじいエネルギーを片手で受け止め、それをエーフィに投げる。
「ここでテラスタル!?マズい!ミミッキュ、急いで影を引っ込めて!」
「させないよ!もう少し耐えて!」
テラスタイプはそのポケモンと同じタイプになる。つまり、エーフィはエスパーのはず。なのに焦っているということは、ネモはボクの意図がわかっているみたいだね。でももう遅い。
エーフィの頭についたのはダイヤモンドの冠。そう、
なぜか。進化するポケモンのテラスタイプは、進化前――すなわちイーブイのそれに依存するからだ。
ということは、一転して弱点のゴーストタイプが無効になる。かげうちはもう怖くない。
ミミッキュが影を引っ込めようとしても、エーフィのサイコキネシスがそれを許さない。影を封じられて、動くこともできない。完全に捉えた。
「エーフィ、解除!接近してシャドーボール!」
サイコキネシスを解除させて、エーフィを前に走らせる。ミミッキュの影を正面から突っ切るが、ノーマルタイプの彼女にダメージはない。
ミミッキュが影を引っ込めた時には、もうエーフィが眼前にまで迫っていた。すかさず打ち出したシャドーボールが、ミミッキュに激突する。
「耐えてミミッキュ!じゃれつく攻撃!」
「キシャー!!」
空中で体勢を立て直し、ミミッキュはこちらに突撃してくる。大した根性だけど、もう破れかぶれだ。これが4つ目の技。エーフィにダメージを与えるには、もうその手段しかないからね。
エーフィは自分の影を伸ばして自在に操る。どうやらボクの意図を汲み取ってくれたみたい。
「待って。影、どうして……?」
「かげうち!!」
彼女が本来覚えないはずのかげうちは、ミミッキュを下から殴り飛ばした。いくらエーフィの攻撃が貧相といえ、影のアッパーカットは効果抜群。ミミッキュの体力を削るのに十分だった。
墜落したミミッキュは起き上がれず、目を回し倒れている。エーフィは、仕事を終えたかのようにこちらへ帰ってきた。
「よし!頑張ったね、エーフィ」
「エフィ」
生徒たちの歓声が響く中、エーフィは澄ました顔をしている。でも、顔つきとは裏腹にその足取りはおぼつかない。それもそうだ、テラスタルした弱点の技を喰らったんだから。
ふらついて倒れそうなエーフィを支えて、ボールに戻す。あとで目一杯褒めてあげよう。周りに誰もいないところで。
エーフィの戻ったボールを撫でていると、同じくポケモンをボールに戻したネモが寄ってくる。
「くうう〜!強かったなぁ先生!いつテラスタル使うかわからないから、早く倒さなきゃと思ってたのに!」
「ノーマルテラスタル見抜かれてなかったら、もうちょっと楽だったんだけどね……。初見殺しのアレはもう通用しないしなぁ」
「そう!あの最後の技!エーフィってかげうち覚えないですよね!?あれ、どういうことなんですか!?」
「企業秘密かなぁ……。教えたら次勝てないし」
「そんなぁ〜!!」
やっぱり、ネモはノーマルテラスタルを見切ってたんだ。もしさっさと切っていたら、早々にじゃれつくに切り替えていただろうし、勝負の結果は変わったかもしれない。
あの初見殺しも対策されそうだし……。もう何回かしたら、あっさり逆転されそうだ。パルデアの未来は明るいね。
とりあえず、ネモが楽しんでくれたみたいで良かった。いいガス抜きにもなったかな。
「うむ、二人ともいいバトルだったぞ!ネモはテラスタルを攻撃に、リンドウ先生は防御にと効果的な使い方を見ることが出来たな!次は、ぜひみんなにもやってもらうが――」
にしても、テラスタルを切るタイミングは相当大事だ。下手に早く切ったら、せっかくのタイプ相性を覆してしまう。エーフィで例えると、本来は有利なかくとうタイプが弱点になるし……。
基本は後出しがいいのかな?でも、ネモみたいにガンガン押す戦い方も悪くない。エーフィだとくさやフェアリーも使いこなせそうだ。
ほのおやかくとうもアリだけど、エーフィはこれらの技を覚えないし。そもそも、テラスタイプを変えることって出来るのか―――。
「――ってところで、リンドウ先生!最後に何かあるか?」
「もし変えられるとしたら、バトルの幅がとんでもなく広がるな。常に第三のタイプを想定するって、凄く頭使うし……」
「先生!」
「わっ!?は、はいっ!」
キハダ先生に肩を叩かれる。見ると、生徒たちの視線がこちらに集まっていた。
……マズい、これ思考の海をバシャバシャ泳いでたやつだ。
「ハッハッハ!リンドウ先生はバトルが大好きなんだな!」
「……すみませんでした」
「構わないさ!バトルは勝っても負けても楽しむもの!それは、テラスタルを交えても同じことだからな!みんなも、それを忘れないでくれ!」
ボクの不始末をキハダ先生が綺麗にまとめて、授業は終わりを迎えた。
なんて聖人。
サンキュー、キハダ先生。
フォーエバー、キハダ先生。
はい、後でちゃんと謝りました。
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【次話】