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【小説】3話 キミにきめた!

【前話】

2話 いつの間にか教員へ……なんで?

 


 パルデアに来てから二週間が経過した。住めば都とはいったもので、教師生活は意外と快適。ホント慣れって怖い。
 とまぁ、仕事や生活についての不安はない。むしろ、不安なのはというと……。

 

「ニャオハ、ご飯でき―――」
「シャー!」
「ったあああい!!!?」

 

 ―――こーのヤンチャっ子をどうするかってところだ。
 とりあえず、ミモザ先生の手当てを受けに行きます。……あー、また怒られるよこれ。

 

 

 

 

 


 アカデミーは全寮制で、生徒には部屋をひとつ支給される。
 ボクは教員だけど、別地方から来たこともあって部屋を割り当てられた。給料から一部引かれはするが、野宿より遥かにマシだ。パルデア最高。

 

 そんな素晴らしい部屋の台所に立ち、ポケモンたちのお昼ご飯を準備する。
 ニャオハの分と、あと……

 

「キミも食べる?」
「フィ」

 

 さっきからボクの足元をチョロチョロうろつくこの子は、肯定とも否定とも分からないような声をあげた。

 

 彼女はエーフィ。イーブイ時代からガラルを旅して、今回唯一こっちに連れてきた子だ。付き合いも一番長いんだけど、きまぐれな性格で、未だに何を考えているのか分からない困った子。
 今朝はご飯を突っぱねたのに、昼になった途端この構ってポーズっぷり……。『腹減ったから早よ用意しろ』ということだろうか。

 

「はいはい。用意するから、あっち行っててね〜」
「フー」

 

 うろつくエーフィを捕まえ、前脚を下から抱えて彼女用のクッションまで運ぶ。抱っこが嫌いらしく、脚をジタバタさせるけどダーメ。
 それでも反抗の意思を見せるように指を甘噛みしてくる。まぁ、ニャオハみたいに歯を立てているわけじゃないから痛くはないんだけど。

 

「せんせーい!お邪魔しまーす!」

 

 エーフィを運んだ後、ご飯の準備を再開してると元気な声と共にドアが開いた。

 

「こんにちはネモ。今日はバトル無理だからね〜」
「誘う前に断られた!?」

 

 もう大体この子の性格も分かってる。会えばバトルに誘ってくるものだから、出来ない日は開口一番に断るのがお決まり。
 じゃないと、永遠とバトルする羽目になるんだよね。しかも強いんだよこの子。

 

「あっ、エーフィこんにちは!相変わらず、可愛いし大人しいし、ホントすっごく上品〜」
「ははっ、上品ね……」

 

 さっきのワガママな姿を見せてあげたい。そんなことをボソッと呟くと、棚から鍋がボクの頭に落ちてきた。
 いてぇ……。サイコキネシスでわざと落としたなあの子。しかも、ネモにバレないように。

 

 彼女は大人しくお座りしており、ネモに撫でられてもすまし顔を崩さなかった。ったく、外面はいいんだから。
 それはさておき、お昼ご飯できた……と。

 

「ほい、キミたちご飯だよ」

 

 エーフィの目の前にお皿を置き、ニャオハの檻を少しだけ開けてそこにお皿を置く。
 やはりお腹が空いてたのか、エーフィはすぐにがっついた。そして、ニャオハの方はと……。

 

「フンっ」
「ダメかぁ……」
 
 前脚で雑に払い除けられてしまった。お皿をひっくり返さないだけマシとしよう。

 

「あの子まだ懐かないんですか?」
「まあね。なんとか、ご飯は食べてくれるけど」

 

 これでも進展した方だ。ボクが部屋にいない時はご飯を食べるようで、帰ってきた時にお皿が空になっている。とりあえず、この子が飢える心配だけはしなくていい。
 でも。

 

「難しいねぇ」
「うーん……」

 

 どうすればいいだろうか。トレーナー歴4年目だけど、こうも懐かない子はいなかった。焦っても仕方ないけど……。
 ネモも、隣で何か唸っている。もしかして、一緒に彼が懐く方法を考えてくれてるのかな。

 

「ネモはどう思う?」
「そうだなぁ……。あの子、メチャクチャ強そうだと思いませんか?」
「ごめん。聞いたボクが馬鹿だった」

 

 そうかもしれないけど、そうじゃないよボクが言いたいのは。ちょっとはバトルから離れてよ。

 

「じっくり待つしかないんじゃないですか?」
「確かに急いでるわけではないけど……」

 

 頭でわかっていても、結果が見えてこないと焦るのも人間の性なわけで―――

 

 

 

 ってあれ?

 

「ちょっとネモ。あの子、どこ行った?」
「え……。え?」

 

 ふと檻を見ると、ニャオハの姿がない。檻はさっきよりも大きく開いている。しまった、鍵をかけ忘れたか―――!
 エーフィも食事中で気づいていなくて、ボクとネモも目を離していた。完全に油断していた。

 

「ご、ごめんなさい先生!私がお喋りしてたせいで……」
「檻を開けっぱなしにしたボクの責任だよ。ネモは悪くない。それより、彼を探してくれる!?」
「わかりました!私、一階の方を見てきます!」

 

 全面的にボクの責任だ。
 もしそうでなくても、今この場でそれを咎める時間もない。とにかくニャオハを探さないと!

 
 そう遠くへは行ってないはずだ。ボクの部屋は二階。ネモが下を探してくれるならボクは二階を、いなければ三階を探せばいい。
 道行く人たちが、驚いた様子でボクを見る。そりゃそうだよね、来たばかりの教師が廊下を走り回ってちゃあ。これは後でクラベル校長のお叱りコースかもしれない。……嫌だ。

 

 そうならないためにも、早くニャオハを見つけないと。ネモからの連絡はまだない。ということは、あっちでも見つかってないということか。
 廊下を駆け回り、教室の中を探し、ボクは二階、三階とニャオハを探していった。

 

 

 

 

 


「クソっ、全然いない。どこに行ったんだよぉ」

 

 だけど、ニャオハはどこにも見当たらない。道行く学生や先生に聞いても、その姿を見た者はおらず。もう校舎内は探し終えてしまった。

 

「もしもし、ネモ?そっちいた!?」
『い、一階にはいなくて、受付の人に聞いたけど外にも出てないって!』

 

 ネモに電話をかけると、すぐに応答してくれた。少し息切れのした、溌剌とした声が耳に残る。
 一階にもいない……?外にもいないのなら、やっぱり中にいるよね。

 

 でも、あと探してない場所は……。

 

「あそこか!」
『えっ、なに!?』
「まだ探してなくて、ニャオハが行けそうな場所!グラウンドだよ!ネモも来て!」
『えっ、なんでわか―――』

 

 説明している時間はない。ネモの通話を切り、ボクは上へと急ぐ。
 一階にいなくて、外にも出ていない。なら、ニャオハの行く先は上しかない。彼が外に逃げたいと思うなら、行き着く先は屋外に作られたあの場所だけだ。

 

 グラウンドはアカデミーの最上階にあって、バトル学の授業でも使われている。バトルコートや遊具もあって、学生たちからも人気の場所だ。
 だから学生が多いのはいつものことなんだけど、それを差し引いても不自然な人だかりが出来ていた。

 

「ねぇ、あの子止めないとマズくない?」
「嫌だよ。俺また引っ掻かれたくないし……」
「落ちるぞー!危ないぞー!」

 

 不穏な言葉が飛び交う中、集まっている生徒たちをかき分けて中に入っていく。
 彼らの注目を集めていたのは、爪を立てながら、懸命に壁をよじ登るニャオハの姿だった。

 

「ニャオハ!!」

 

 レンガの隙間に爪を引っ掛けながら、一歩また一歩と登っていく。確かにグラウンドの壁は低く、よじ登れば外に出られそうではある。
 それでも六、七メートルはある壁だ。それを登るのは楽じゃないし、万が一落ちたら大怪我してしまう。もう既に結構な高さまで登っている。

 

「リンドウ先生!あの子いきなり壁に登ろうとして、何人かが止めようとしたんだけど、引っ掻いたり噛み付いてきちゃって……」
「ありがとう。ボクがなんとかするから、みんなは離れてて。怪我した子は、早くミモザ先生のところに行くように」

 

 見ると、ニャオハに傷つけられて怪我をしている子がいた。人嫌いなあの子を力づくで止めようとすれば容易に想像できる。これも、目を離したボクの責任だ。
 とにかく、ニャオハを壁から引き剥がそう。エーフィのサイコキネシスで―――

 

 

 

 

はにゃっ……」
「え」

 


 次の瞬間。


 ボクが目にしたのは、


 バランスを崩して落ちるニャオハの姿で―――

 

 

「ニャオハ!!!」

 

 マズい、落ちたら無事じゃすまない!
 どうする?一か八かでエーフィにキャッチしてもらうか?いや、ボールから出して指示も出してじゃ、とうてい間に合わない。

 

 となったら、自分でキャッチするしかない。ボクは全力で駆け出し、勢いをつけ、頭から飛び込んで手を伸ばした。
 ヘッドスライディングみたいな形で滑り込む。どれだけ不格好でもいい。とにかく、この子が怪我することだけは。

 

「くそっ!」

 

 滑った直後、ズシリと感じる重み。腕に結構響くが、でもそれは彼がいるという証。ボクの腕の中には、しっかりとニャオハが収まっていた。
 怪我はなさそう、かな?ニャオハは驚いた表情をしてはいるが、どこかを痛めているような素振りは見られない。

 

「先生!大丈夫!?」
「ネモ」

 

 遅れて、ネモが人混みをかき分けてやってきた。よほど走ってきたのか膝に手をつき、ぜえはあと息を切らしている。

 

「うん、この通り」

 

 少し肘を擦りむいちゃったけど、それ以外は何も問題はない。何とか見つかって、無事に保護できて本当に良かった。

 

「キミも、もうこんな無茶はダメだよ」

 

 ニャオハは震え、潤んだ瞳をしていた。あんな高いところから落ちて、さぞ怖かっただろう。
 ボクは、その怖さを少しでも和らげられるようにゆっくりと頭を撫でてあげる。これで大丈夫。そう語りかけるように。

 

 でも、次の瞬間。ニャオハの目は怒りと怨みの混ざった凶悪なものへと変わった。


「……っっっつぁ!!?」
「先生!?」

 

 右腕に走ったのは激痛。食いちぎるような勢いで牙を立てながら、ニャオハはボクの腕に思いっきり噛みついた。絶対離さないという意思の表れか、両爪まで引っ掛ける。

 

「フーっ、フーっ!!」
「いあっ!?う゛う゛ぅ……」

 

 ボクの腕から、鮮血がボタボタと滴る。今までの比較にならないほど強く噛まれているのは、痛みと出血の量で理解できた。
 彼の表情から、牙先から、傷跡から。色々な思いが伝わってくる。

 

「と、止めなきゃ!」
「ネモ!」
「エーフっ」
「エーフィも、いいから……!」

 

 ボールを取り出すネモも、ボールから飛び出してニャオハに襲い掛かろうとするエーフィも、ボクは制止した。
 力づくで引き剥がすのは簡単だ。でも、それだと何も進まない。受け止めなきゃいけないんだ。この子の怒りを、怨みを、哀しみを。

 

「ふ、ふふっ……。いいよ、ボクの腕なら。好きなだけ噛んでも大丈夫だから。キミの気が済むまで、そばにいてあげる」

 

 腕に、血とは別の液体が滴るのがわかった。ニャオハが、怒り狂った形相そのままに涙を流している。
 ボクは、空いた左腕でそっと彼を抱き寄せる。

 

「怖かったよね、辛かったよね。人間がどうしようもなく憎くて、悔しくて……やりきれなかったんだよね」
「ウ、ウ……」

 

 理不尽な目に遭って、独りぼっちになって、大嫌いな人間に保護されて。この子の感情の行く末はどこにもなかったはずだ。
 それを発散する場もなければ、受け止めてくれる相手もいなかった。だから、ボクが捌け口になろう。この子の凄まじいまでの怨みを、悲しみを全て受け止めてあげられるように。

 

「ウゥゥ……」

 

 しばらくして、ニャオハの口がボクの腕から離れた。それでも止めどなく涙を流す彼を、ボクはより一層強く抱きしめる。
 やがて彼は大人しくなり、ボクの身体に頭を預けて、気が済むまで泣き続けるのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

「ったたたた……」
「あんた、ホントよくやるよ……」

 

 ニャオハが落ち着いてから、本日二度目の保健室。ミモザ先生の怒りの表情は最もだ。少しキツめに、ボクの右腕を包帯でグルグル巻きにする。

 

「……すみませんでした」
「結果として大事に至らなくて良かったですけど、無茶はやめてくださいね。リンドウ先生」
「はい……」

 

 駆けつけてきたクラベル校長も、どこか圧のある口調だ。普段温厚な人は、怒らせると怖いと聞く。今後は無茶しないようにしよう。

 

「ハニャぁ……」
「大丈夫。キミのせいじゃないよ」

 

 ニャオハが、心配そうな目でこちらを見る。すっかり大人しくなった彼は、ボクの腕の中に収まっていた。
 今になって罪悪感が芽生えたかな。でも、ボクはそんなこと気にしない。もう終わったことだ。

 

「それにしても、この短期間でこの子の心を開かせるとは……。ありがとうございました」
「いえ、好きでやったことですから」
「これをきっかけに、他の人にも慣れてくれると良いのですが……」

 

 クラベル校長がニャオハに手を伸ばそうとすると、彼がボクの腕の中でビクンと跳ねた。

 

「っと。まだ急でしたね」
「みたいですね。私以外は少し……」

 

 人間への警戒心がある程度解けたとはいえ、まだ完全に無くなったわけじゃないのだろう。
 そんな彼を見て、校長は『ふむ』と考える。

 

「リンドウ先生。どうでしょうか、その子を預かってみては」
「えっ……。私がですか?」
「その様子ではリンドウ先生の元を離れないでしょうし、その子のためにも一番良いかと。もちろん、リンドウ先生が良ければですが……」

 

 クラベル校長の言葉を受け、ボクはニャオハと目を合わせる。
 彼の紅い瞳には少しの不安と、それよりも大きな期待と喜びの意が込められていた。ボクの答え?そんなものは決まっている。

 

「……ボクのポケモンになってくれる?」
「ハニャオ!」

 

 元気の良い声と共に、ニャオハはボクの腕の中でコロコロと喉を鳴らした。それは肯定の印。ボクの腕をするりと抜け、ニャオハは肩まで登ってくる。

 

「これからよろしくね」
「ハニャっ!」

 

 鼻先をボクの頬に擦り付けてくるから、思わずボクも同じようにして返す。あまりにも愛おしい愛情表現に、ボクの心は小躍りした。
 パルデア地方に来て、初めての仲間が生まれた瞬間だった。

 

 

 

【次話】

4話 初めての輝き

 


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